東京

2020年06月30日

【エッセイ】幻想都市・東京

自分の半生を振り返ると、それはまったくもって東京という一つの都市に随分と振り回されてきた半生だったように思える。

自分が初めて東京という街を訪れた時の事はよく覚えていない。小学校に上がる前の幼い頃の家族旅行だっただろうか。故郷の田舎とは全く違うその街の有り様を、父の運転する車の窓から不思議な気持ちで眺めているうっすらとした記憶がある。それから小学校に上がりまた、親戚と東京旅行に行った時があった。一日の終わりに立ち寄った東京タワーの展望台から眺めた果てしないビルの海を見たときに初めて自分が東京に抱く不思議な感情の正体がわかったような気がした―それは憧れであった。

それから小学校の修学旅行で東京を訪れた時、中学校の時分に一人で東京の親戚を訪ねに行った時、自分が田舎から抱えていった期待に東京という街は常に答えてくれていた。そうした昔の記憶の断片のそれぞれに現れる華やかで輝きに満ちる東京の風景は、美しい光の束にあふれる夢の中のような光景であった。

東京を舞台にした作品、例えば数年前、大ヒットした新海誠監督の『君の名は。』に描かれる東京、そびえ立つ摩天楼は輝きを湛え、何本もの電車がその谷間を滑るように整然と駆けていく。宝石を散りばめたように煌めく夜の街、尽きることのない活気に満ち溢れた世界、それらはまさに刺激的な喧噪を求める若者の憧れの象徴であるように思える。

故郷にいた頃の自分もまたそうした若者の例外ではなく、日々の中で東京という街に憧れを募らせていた。いつか自分が行きたいと願ったその街に、自分の人生を全く変えてしまうほどのドラスティックな何かを期待していたのであった。

それから月日が経ってついに自分は故郷を離れ、もはやあの憧れの街東京は、故郷の山々の彼方から指をくわえて見ているだけでは無くなったはずだった。

けれども今日に至って、幼少の頃見たあの東京の輝きを、故郷で思い描いた期待をどうしても自分はこの巨大都市の中に見出すことが出来なくなっていた。ガラス張りの摩天楼に映し出された景色、きらびやかな光のきらめきはあいも変わらずこの街で踊っている。なのに一体何が変わってしまったのだろうか? 

実際の所、変わってしまったのは自分の側だったのだろう。そしてそれは、何もこの町にやって来た日に全てが変わったのではなく、故郷で東京という街に憧れを寄せていた日々から自分は少しずつ変わり始めていた。いつしか憧れは盲目的な信仰となって、東京という街の威力が自分の退屈な日常の全てを吹き飛ばしてくれると、そんな風にすら考えるようになっていたのである。

思い返せばあのおぼろげな記憶、首都高を走る父の車の中で敷き詰められた看板とビルの壁が滑るように流れていく風景を不思議に見ていた時こそ、自分は人生で最も純粋に東京という街を見る事が出来ていたのだろう。その時を起点に今日という日まで全く変わること無くただそこにある東京は、鏡のようにただ自分自身を映し出していたに過ぎないのではないだろうか、故郷を離れ東京に暮らす現在、そんな事を思う。



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voiceofdrone at 04:59|PermalinkComments(0)