【2020年7月版】「Voice of Drone」おすすめ記事特集

2020年07月22日

予のない世の中 ~とある「予言者」の死に寄せて~

 今日の天気予報はまるで当たらなかった。アプリの天気予報は雨だと言い張っているが、空は晴れていた。天気予報は当てにならない。天気予報に限らない。予報、予測、予知、予言、みな「予」は外れることが多い。

 例えば昨今のコロナウイルス。ある日突然現れたウイルスが、世界中を混乱させ、私達の日常の在り方そのものを変えてしまうなどと一体誰が予想できただろうか。あるいは、曖昧な「大変動」あるいは、「世界の終わり」を唱える人にとっては、これこそが予言の的中だと言い張るかも知れないが、予言はいつだって曖昧で、少なくとも「ウイルス」が、そして「いつ」といった事を言うことが出来た予言などあるのかという疑問とともに、筆者が思うのは、恐らくコロナで世界は終わらない。大打撃、大変動こそ経験するだろうが、世界はそう簡単に終わらない。そういう意味では、やはり未来を予知できた人間などいなかった。

 先日とある「予言者」が亡くなった。その人の名は「五島勉」である。著書『ノストラダムスの大予言』にて、「1999年7月」に人類が滅亡するという解釈を行った人物だ。さてここで、五島勉氏は「解釈者」であって、「予言者」ではないのでは?と思われるかも知れないが、私的な意見を述べると、ノストラダムス当の人は「世紀末の滅亡」などとは、恐らくだが言っていない。

 筆者がノストラダムスという人を知る限りでは、彼は献身的な医者で、作家で、そして確かに予言者である。けれども、彼が生きた中世という時代においては、占星術が学問として扱われ、未来を予知する事はきっと普通の範疇であった。なお、彼の予言というのは、中世フランスの当時をして「曖昧すぎて何を言っているのかわからない」と言われたようなものである。個人的な印象としては、ノストラダムスという人は、当時流行したペストと戦い、予言書や医療書によって地位をなしたベストセラー作家、けれどもきっと普通の範疇に収まる、良い人であった。
 そのノストラダムスを、「世紀末の滅亡の予言者」と捉え、解釈として発表し、オカルトブームの火付け役となった「ノストラダムス時代」を現代に作り上げたのは五島勉その人である。そういう意味では、筆者は彼こそ「世紀末の予言者」であったと考える。

 五島勉の『ノストラダムスの大予言』の影響が実際の社会にて如何ほどのものだったかは、1999年当時物心がついたかついていないか曖昧であった時分の筆者には真には分かりかねる。あるいは、「ノストラダムス時代」以降に生まれた、もしくは物心ついた世代にとっては、生きている現在、予言は当たっていないのだから、なんて馬鹿馬鹿しいこともあったのだと、そう思うかも知れない。

 しかし筆者は筆者なりに想像する限り、そうは思わない。世紀末、西暦の長いミレニアルが終わり、2000年がやって来る。「だけれども、本当にそうだろうか?」という不安もあったのではないだろうか。それまでの時代を筆者なりに想像するにあたって、かつては西暦というのは1000の代というのが当たり前で、まさか2000年がやって来るとは、分かってはいるけど、分からないというのが感覚としてあったのではないか。筆者の想像する限り、そんなミレニアルの終わりという感覚は、もう1000年経って3000年になってみないとわからないだろう。そんな歴史の節目であった。
 2000年など、それ以前の多くの漫画やアニメにおいて、遠い未来の話で、それが実際にやってこようとはという感情。ちょうど五島勉氏が火付け役となった「オカルトブーム」においても、この世にないもの、わからないもの、そんな物が取り沙汰され、ある種の世情不安を呼んだ。
 そんな不安の一例が、コンピュータにおける「2000年問題」などにも現れたのだろう。そしてそこに、ちょうど1999年で人類は滅亡するという「予言」があった。それは、一定の真実味があったのではないだろうか。歴史の節目、2000年。冷戦も終結し、太平無事になったように思われる世の中。しかし、2000年、2000年である。人類の歴史の中で、紀元後たった二回しかない1000の節目。末法思想にも近い。そんな特別な歴史の節目に何かがあると、思った、思いたかった人も多かったのではないか。
 付け加えれば、当時はまだまだインターネットというものは普及しておらず、テレビや本といったメディアの力は今よりもずっと強かった。そんなメディアが、視聴率のため、あるいは面白がって、こぞって「大予言」を取り上げる日々。世情不安定な1990年代。そして迫る1999年。多かれ少なかれ、不安はあっただろう。

 Twitterの大槻ケンヂ氏のツイートにて、氏は「1999年7月にて、人類は滅亡する言う前提で、少年時代を生きてきた」、「結局(1999年には)滅亡しなかった、以降ははおまけの人生を生きているボンヤリ感が今もある」というツイートを見て、改めて考えさせられた。

 かつて確かに「ノストラダムス時代」はあったのだ。「1999年の終末」を信じて、どうせ滅亡するのだからと、財産を使い果たしてしまった人という話も聞いたことがある。そこまで極端に行かずとも、当時の日本人の多くは、なんとなくぼんやりと「終わるかもしれない」あるいは「終わらずとも何らかの節目」として捉えていたのではないだろうか。そして、終わらなかった今、「ノストラダムス時代」を生きた人間にとって、やはりぼんやりと「1999年7月」は節目として、人生を指し図る一つの基点として、記憶にあるのではないだろうか。

 2012年にも、「マヤ文明の予言」として、世界の終末が予言されたという騒動があった。結局それも外れたのだが、1999年の「大予言」への熱意は、2012年の比ではなかっただろう。
 日本人の多くが「終末」の存在を、程度の差はあれども想った。それは一体どんな気持ちでどんな時代だったのだろうか。筆者には、やはり真には分からないけれども、そういう時代があったという事を、真剣に考えてみたい。そんな事を思った。

 今日も空は晴れている。予報は外れた。世界は終わらない。予言は外れた。だが、しかしいつかは?
 明日のことは、良くも悪くも、人間には分からないのである。


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voiceofdrone at 14:15│Comments(0)エッセイ 

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