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2020年07月12日

サイコパス(Psychopath)という言葉についての歴史 ~和訳すると「精神病質」?~

サイコパス(psychopath)、訳して「精神病質者」


 概してカタカナ語というのは、気軽な使いやすさがあり、昨今において様々な言葉を英単語のカタカナ読みで使用するというのは、その傾向が現れているのかもしれないが、一方で漢字というのは一定の堅苦しさと専門性を兼ね備えた言葉に聞こえるのではないか。同じ意味の言葉あるいは類義語を取っても、言語として使用される上では、様々な意味合いやニュアンスの違いがあるわけである。
 さて、この記事の本題に入るが、昨今においてはすっかり一般的に定着した言葉として「サイコパス」という単語がある。著名なアニメにそのものずばり「PSYCHO-PASS」というのがあるし(タイトルの意味は綴りが違うように正確には「サイコパス(psychopath)」ではないのだが)、最近はサイコパスの自己診断サイトやまたは他者診断なども人気である。あるいは他人を形容して、「あの人サイコパスっぽい」といった使い方もされる。

 だがこの「サイコパス」という言葉、日本語に訳すると「精神病質」となり、精神医学において暗い歴史がある言葉であることをご存知だろうか? 付け加えるならば、カタカナ語として半ば意味が独り歩きしている「サイコパス」を用いて、例えば気軽に「あの人サイコパスっぽい」と言う事はできても、「あの人精神病質者っぽい」と言ったら、ちょっと冗談や洒落にはならないような意味合いに成るのではないか。実際「精神病質」という言葉には、洒落にならない歴史があるのだ。今回の記事においてはそんな「精神病質(サイコパス)」の歴史を解説したい。

 なお一応断っておくが、この記事ではかなり批判的に「かつての精神医学」について書いた内容が散見されるが、現在は必ずしもそうではないと言っておく。まあ、一応「必ずしも」、なのだが、現在における精神医学は、かつての精神医学とは全く異なると言っていいものであり、なにより筆者自身うつ病であるから、精神医学の発展にお世話になっている身で、病院でも医師に親身になってよく話を聞いてもらっているという実体験をあらかじめ断っておく上で、これから語るのは「かつての精神医学」の「現実」である。
 「かつて」と「現在」を混同しないように、くれぐれも注意していただきたい。


 さて本題に戻るが、「精神病質」とはかつて精神医学にて使われていた言葉である。使われていたという事は、今は使われていない。日本においては昭和30年代から40年代頃にかけて広く使用されたそうである。
 さて、この「精神病質」という用語が何を表すのかと言えば、実際の所その定義ははっきりしない。ざっくり言えば、「反社会的人格」、詳しく言えば「反社会的性質をもった、正常から逸脱した、社会の迷惑になる人」の事である。反社会的とは何か、正常とは何かと筆者は問いたいけれども、それを考え出すと長くなるので割愛するが、ただやはり用語そのものがはっきりしない定義であるということは確かである。
 宗内敦氏の『精神病質人格の精神病理と精神動力(1972年脱稿)』(URL下記参照)という論文から引用させていただくと、
「いわゆる、”精神病質人格”psychopatic personality の概念は今日なお極めて曖昧で、精神医学の”くず籠”的概念として用いられている」
「あいまいな精神病質人格という診断用語が、非行と犯罪の臨床の中で、比較的安易に用いられ、そのため、人権上あるいは臨床上・行刑上に極めて大きな問題が生じている」
というようにあり、また宗内敦氏のブログの「サイコパス(精神病質者)などと言うなかれ―佐世保女子高校悲哀事件にちなんで―」(URL下記参照)では治療困難な患者に対するある種の「レッテル貼り」であり、安易なラベリング行為であるとも延べられている。

 さて、「反社会的性質」、「社会の迷惑になる」というのは、どの程度のものなのだろうか?
 かつてこのサイトでも「面白いサイト紹介」と題して紹介した「サイコドクターあばれ旅」というサイト様の、「私家版・精神医学用語辞典」というページの、「精神病質(サイコパス)」に実際の症例が載せられているので一つ割愛して紹介させていただくと(URLは下記に記す)、
 
 20歳男性、学校生活で教えられる道徳と実社会との矛盾に悩むようになり、やがてちょっとしたことがきっかけで腹が立つようになり、親に暴力を振るったり、ものを壊すようになる。両親はこの事をきっかけに、彼を精神病院に入院させる。昭和26年、1951年のことである。4ヶ月間入院したが、恐らくはストレスから益々症状は酷くなり、親への暴行と入院を繰り返す。

 ここで注釈を加えておくと、かつての精神病院というのは、今の常識では考えられないほど劣悪な環境であった。1970年代における精神病院の実態を潜入取材して暴露した、大熊一夫氏の『ルポ・精神病棟』という本に詳しいのだが、患者を劣悪な環境に置き、あるいは暴力めいた行為、(実際暴力やリンチであることもある、例を挙げれば、1983年の宇都宮病院患者死亡事件など)で患者を「しつけ」、それでも反抗的な患者には電気ショック療法(今現在行われている安全性が担保されたものとは全く異なるものである。かつてのものは激しい痛み、ショックを感じ全身痙攣を起こす療法である)や、終いにはロボトミー手術、前頭葉の一部を切除するという不可逆的でかつ不確かな手術まで行うと脅すか、実際に行ってしまうような状況である。映画で例を上げるならばアメリカの話であるが『カッコーの巣の上で』などに詳しいだろうか。なお日本においてロボトミー手術が完全に過去のものとなったのは1975年の事である。

 参考サイト様には他にも多数の「症例」が載せられているが、どれも似たり寄ったりで、概して他人に暴力を振るうとか、そういう行為をまとめて「精神病質」と名付け、劣悪な環境に置き、ひどい場合にはロボトミー手術を受けさせてしまうのだから、犯罪者として刑務所に入れられる方がまだましと言えるような状況である。そもそも極めて曖昧な性質をまとめて「精神病質」と括っているのだから、それに対する治療法などあったものではない。あるとすれば頭に穴を開け、脳の一部を切除する「ロボトミー手術」だったのである。
 「精神病質」という言葉の曖昧さの上に、かつては精神科医の権限が極めて強い環境であったから、容易に「措置入院」が行われ、ひどい場合にはロボトミー手術という不可逆的な手術をしてしまう… そんな状況が批判されたのは昭和40年代頃からであり、昭和50年代以降は「精神病質」という言葉は精神医学において殆ど使われなくなった。これが「精神病質」の歴史である。
 
 精神医学という分野はまだ新しいものであり、かつての精神医学は「手に負えない精神病、精神病質者」をいかにして「社会の迷惑にならないようにするか」という点が強かったと言える。精神医学において、副作用の少ない安全性の高い薬が普及し、療法においても患者に対する安全性や人権への配慮とかが図られるようになったのは、ようやくここ3,40年の最近になってからなのである。

 さて、最後に筆者の考えを述べさせていただくならば、筆者としてはこのような暗い歴史をふまえた「精神病質」即ち「サイコパス」という言葉を決して安易に使ってほしくはない。
 今日においては「サイコパス(psychopath)」という単語も、異常心理学や犯罪心理学においてより詳しく定義され、分析の対象となっているとはいえども、半ば意味合いが独り歩きしつつ、一般に単語として使われる「サイコパス」という言葉は、対象者に対して何らの根拠もなく、または精神医学的にも心理学的にも甚だ根拠が薄く、安易に「あの人はサイコパス」であるというレッテル貼りをすることは、まさしくかつて「精神病質」という用語において行われた曖昧な「反社会的性質」を一括にし、治療上の分類においても実際的な精神病棟の環境においても「”くず籠”に放り込んでおく」のと全く同じ行為であると言わざるを得ない。
 参考サイトの「サイコドクターあばれ旅」のサイト主様、風野春樹様とまったく同じ意見になるのだが、「サイコパス」という言葉を使うのであれば、少なくともこのような暗い歴史を経たという事実や、今現在は精神医学において使われていない言葉であるという事は前提として知っておいて欲しい、というのが筆者の願いである。


参照元・参考サイト
サイコドクターあばれ旅 私家版・精神医学用語辞典 「精神病質(サイコパス)」
http://psychodoc.eek.jp/abare/pathy.html(最終閲覧日2020/07/12)

二言、三言、世迷い言 「サイコパス(精神病質者)などと言うなかれ―佐世保女子高校悲哀事件にちなんで―
http://shoshisaikou.blog10.fc2.com/blog-entry-65.html(最終閲覧日2020/07/12)

宗内敦『精神病質人格の精神病理と精神動力』(1972)
http://shoshisaikou.art.coocan.jp/paper/psychopathology%20and%20psychodynamics%20of%20psychopathic%20personality.html(最終閲覧日2020/07/12)




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voiceofdrone at 08:27│Comments(0)精神 

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